誰も見てない今だから…

このブログ閲覧の数だけわかるのね、、、

だから、誰も見てない今だから書き捨て。。

死んだら誰に会う?

私はおじいちゃんとおばあちゃん、そして4歳の時死んだお母さんに会いに行くんだ。

なんで4歳で死んだかわかるかというと、葬式をなんとなく覚えているから。

くしゃくしゃのシワのついた黒いスカートを履かされたこと、真っ白い顔の人が箱に入っていて「この人誰?」と聞くと親戚のおばさんに「お前のお母さんだよ」と泣きながら言われたこと、男のお父さんが泣いてるのを初めて見たこと。

それから、団地からおばあちゃん家に引っ越しになり、『ママやお母さん』が禁句になった。

だから、私は自分の母がなんで死んだか知らなかった。

それを知ったのは、中学2年で父とケンカをした時。

ささいなことだ、父と言い合いになり、「頑張ったってほとんどが無駄じゃない!」との私の発言が父の琴線に触れたのだ。

ばっっっちーーん!と初めて父に殴られた。

部屋で泣いていると、おばあちゃんが入ってきて「娘を殴っちゃダメだと言っといたからね」と、でも泣いていて興奮している私は「死んでやる!死んでやるから!」と言い放った。

おばあちゃんがシクシク泣き始めた。。

私は、ハッとなった。吉幾三の歌を聞くと泣いちゃうんだと言っていた涙とは違う、自分が泣かせてしまったことにショックを受けたのだ。そして、、、

「お母さんと同じことしないでちょうだい」と、、、

ああ…そうか、お母さんは自殺をしたんだ。。

母との思い出はほぼ無い、声も姿も全然わからない。

ただ、私はすごーーく母に似ているらしい。

母の兄弟に会うと、お前は生き写しだ、声も大きさもそっくりだと言われる。

嬉しくもなんとも思わない、だって、知らない人の話に聞こえるから。

父は私を見たくなかったかも、母に似ている私がいるから、母の死後あまり家に帰ってこなかったのだ。(月に3〜4回帰るくらい)

姉は母の死に対して、原因にもなった毎日のようにケンカしていた父を恨み、私は何もかも投げ捨てた弱い母を恨んだ。のちに、ただ弱い人だったんだと諦めがついた。

ある日、高校生の時、姉と盛大なケンカをした。

これまた最初はささいなことだったのだろう、覚えていないが、ケンカの最中姉に言われたのだ。

「お前がお母さんに大嫌いって言っていたから、お母さんが死んだんだ!人殺し!」と、、、

私は過呼吸になり、救急車で運ばれた。

処置がひと段落したとき、看護師さんに「何か嫌なことがあったの?言うとスッキリすることもあるから話してもいいよ」と。言えなかった『母が死んだのは私のせいかも!私は人殺しかも…』なんて、他人に話せるわけなかった。だから、「何でもありません」と口をつぐんだ。

そこから、私は母に対して『会いたい』から『謝りたい』になった。

だから、私は死んだ後、母に謝りに行かないといけないのだ。

ただ、最後育児ノイローゼだった母は私に会いたくないかも…

4歳の姿になって待っても会いに来てくれないかも。。